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2011年10月31日

「白川町誌」でルーツを探る

「白川町誌」が届きました。

 

昭和43年に役場が発行した古い書籍で白川町のことが事細かく調査されています。

 

この本の中で、当時の白川町の住民について書かれているところがある。

 

白川町の全世帯5,302世帯のうち「安江」の姓の世帯は667となり、約12.4%を占めるトップクラスの割合だ。

父親の故郷の佐見という地域では20.24%という割合の高さで、隣の東白川村ではなんと、45.44%という住民のおよそ半分は安江姓だ。

村を歩けば半分の人が安江さんという土地なのである。

 

白川町誌によると、安江氏の系譜は各種あるが、どれも伊勢の大杉谷から安江左衛門尉平政氏が家臣の柴田・村雲を伴って東白川村神土に来て、ここに定着したことになっている。

 

そしていくつかの系図が示されている。

これらの登場人物に自分が調べた祖先がつながれば良いのだが、昨日ものべたようにまずは戸籍謄本を入手しなくてはならない。

 

安江氏の中には野原城という小さな城を作り苗木藩の遠山氏と戦ったが、結局苗木藩の勢力下となって江戸時代を迎えたようである。

 

そして明治時代になって廃藩置県が実施されるときに、苗木藩は弱小藩だった故に中央政府を恐れゴマをするためか、極端な神道への傾倒をさせ寺や仏像などを破壊した歴史があったことが分かった。

 

父親の実家は神道だが、私は大昔からそうであったと思っていた。

しかしそれは明治に入ってからのことで、江戸時代は仏教が普通に普及していたことも分かった。

 

実際、実家をはじめ現代の世代はそのような歴史も忘れてしまっている感がある。

 

こういったことを知ってゆくにつれ、ルーツとその歴史についてますます興味が出てきた私である。

 

 

 

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